正念場を迎える
北海道大学漕艇部監督 山口 理喜三
[2000年度の総括]我々のメインイベントである全日本大学選手権(8/24−27、戸田)で男子舵手なしペアの小山・芦立組が優勝し、同舵手つきペアと女子舵手つきフォアが3位入賞した。エイトを回避、対校クルーを「優勝を争える」小艇に分散したが、OBの中から強い反発があった。茨水会に相談もせず重大な変更を決めた不手際を監督としてお詫びします。しかし今シーズンの選択として、間違ったとは思いません。「必達目標」には届かなかったが、総合順位で男子は日大、中央、明治に次ぐ4位、女子が8位で男女総合7位。なんだい、そりゃ?の声も聞こえますが、チームの総合力をなんとか表現したいとの日本ボート協会の正式記録です。「北大、元気いいですね」と声をかけられうれしかった。戸田に北大の名が復活しつつある、と感じました。
残念無念は東北大戦(7/29、茨戸・伏篭川)。順風下、高レベルの好レースとなって土手を沸かせたが、肝心のエイトだけが惜敗した。他のレースについては部員の報告に譲る。総括して言えば、力は付いてきたがまだまだ不足、目標に届かなかった。
[ほめてやりたいこと]新人が約40人も入った。全部員一丸となっての新勧(新人勧誘)の涙ぐましい努力と盛り上がりは見ものだ。マネージャーらサポート隊を含めると 100人の大所帯である。学内雑誌の表紙を飾り「北大スポーツ」のトップ記事になる。加えて伝統の力。北大ボート部は知名度があるが、ボート経験のある新入生は皆無に近い。彼らが入部を決意するとき異口同音に言うのは「こんな熱い部は他に無い」だ。ボート部で4年間燃焼してみる気にさせるだけの魅力がある、と自慢してもいいだろう。一方、これだけの集団となると、運営すること自体が難事業であり、サポート隊の力量と全部員の役割実行度がカギを握る。さぼり、忘れが無くなったわけではないが、「担当大臣」とそのチームが機能するようになってきた。例えば東北大戦の運営は上出来だったと思う。
艇庫・合宿所内外の環境整備、備品類の整理整頓ぶりは格段に向上し昔と比べものにならない。黙々と、あるいは楽しげに各種作業に取り組んでいる部員たちを見ていると「こんな部が強くならない訳がない」と思えてくる。
[許せないこと]事故が多発した。水上での衝突接触、護岸乗り上げ、船台接触等々で艇を損傷した。エイト「神威」は水中深く隠れていた古い橋脚の残骸によって、水位低下した日、腹を破られた。その他は何らかの油断、不注意、怠慢、ステアリングミスによる。人身事故にならなかったのは幸運な偶然に過ぎないことを肝に銘じ、今後は2倍の注意を払わねばならない。
[新コーチ体制]杉藤コーチと専任契約を結んで3年が経過した。確実に前進しているものの、目標までに相当な距離がある。計画通りには進んでいないのである。その要因の一つは、プロコーチへの頼りすぎ、甘えではないか。いつの間にか「指示待ち人間」になり自主練習は休みがち、研究心向上心は薄れ行く。そんな傾向から脱皮を図るため、ヘッドコーチのフルタイム契約を打ち切り、4年目は滋賀に本拠を置く杉藤コーチに一定の期間だけ対校クルーを直接指導してもらい、その他期間はメール、データ、映像などの通信手段による間接指導を受ける契約とする。レクチュア、情報提供、相談・質問といったこと以外の全ては茨戸のコーチ団と部員が自ら考え実行していくのである。
部員が真の主体性を確立し、エイト優勝を達成できるか、翼を失った大鷲になるか、引き返せない正念場である。部員の奮起を促し、私自身も日本一の監督たらんと全力を注ぐ決意です。茨水会諸兄に物心両面の一層のご支援をお願いいたします。