昭和63年入学 萬 祥三
2000年4月から北大ボート部新人トレーナー陣の手伝いから始まり、全日本新人選手権出漕クルーのコーチも引き受け、2000年度のシーズン中に何度も茨戸に通うこととなった。杉藤洋志ヘッドコーチとは同期という間柄で、シーズン中に彼の率直な考えをいろいろと聞くことができたほか、実際のコーチングも目にしてきた。そこで、シーズン中に彼と間近に接してきた一北大ボート部OBとして、杉藤コーチ自身のことや彼が作ろうとしている部の体制について感じたことを述べようと思う。杉藤コーチの考えや実際に行ってきたことはこれまでの茨水会報やニュースレターなどでかなりの部分を知り得るとは思うが、現在の彼と接する機会の少ない茨水会員の皆さんに杉藤コーチや現体制を知る上で「私が感じたこと」が少しでも参考になればと考えた。
最初に結論を述べれば、彼が作り上げようとしているボート部の体制にはまだまだ遠い状態だが、全日本大学選手権(インカレ)で国立大唯一の金メダルを含めメダル3個を獲得し、本当に良くやったと感じている。もちろん選手自身の努力があったからこそは言うまでもない。そして北大ボート部は少しずつだが確実に強くなっている。「エイトでの結果はまだでていない」と不満を抱く茨水会員の方もおられるようだが、すぐに結果の出る事ではない。
●選手の自主性を重視
彼と話していると、選手に自主性を求めていることがひしひしと伝わってくる。彼のコーチング技術なら、選手の尻をたたいて男子エイトクルーだけに専念すれば、確かにインカレでメダル争いを狙えるまでにレベルアップはできるだろう。しかし、彼がいつまでも北大ボート部ヘッドコーチであることは不可能だ。選手を引っ張るやり方では「杉藤後」には何も残らない。「あの時は強かったね」で終わるであろう。彼は自身が北大ボート部を去った後でも北大ボート部が強い存在であることを望んでいるし、それに対して選手、OB・OGに異論はないだろう。「杉藤後」にも強い北大ボート部であるためには、選手自身に「強くなりたい」という強固な意思がないといけない。この強固な意思があれば、コーチなどいなくても選手は勝手に強くなる。「選手が勝手に強くなる=自主性」であり、自主性の土壌ができれば選手が次の世代へ自主性の土壌を伝えてくれる。つまり北大ボート部は「杉藤後」も強い存在であり続ける。また、自主性を持った選手は漕手としても高いレベルに達するだけでなく、人間としても大きく成長するだろう−そんなことまで彼は期待してコーチに臨んでいることを感じる。
自主性を重んじる方針は練習回数にまず現れている。部員全員が集まって行う乗艇練習は私たちの時代の3分の2程度でしかない。選手は月曜日から金曜日までの朝練各1回と土曜日の早朝と午前中の2回、計週7回の乗艇を行っている。これは学生の休み期間中も同様。私は、日曜日にも2回の練習があり夏休みなどの休み期間中には週11回の乗艇練習をしていたのを覚えているのだが…。乗艇回数が少なくなった分、開いた時間は自主練に充てている。茨戸に来てシングルスカルなどを漕ぐのもよし、ウェイトトレーニングに励むもよし、水泳やランニングなどの持久力トレーニングを行うのもよし、休養とするのもよし、と各選手に任せている。数多くの乗艇をして疲れ切った選手にさらにやる気を求めるよりも、選手に体力的な余裕を与えて自分でやろうと思える環境作りをしようと感じ取れる。乗艇回数の減少は、けが人や退部する者の減少にもつながっているようだ。また、ボートに関するレクチャーでは、彼はヒントを与えるだけでできるだけ答えを言わず、選手自身が考えるように仕向け、ここでも自主性を養おうと試みている。
●自主性を阻む大きな壁
しかし、杉藤コーチが最重要課題と考えている選手の自主性を養えているかと言えば、「空回り」しているというのが私の正直な感想だ。
選手の多くは杉藤コーチが何か言ってくれることを待つという姿勢だ。たとえ杉藤コーチに質問をぶつけても答えがすぐに返ってくることを選手は期待している。杉藤コーチが「自分で考えてみろ」と言うと選手は戸惑ってしまう場合が多いようだ。「基本的に自分たちでやり抜く」という姿勢は抜け落ちていると私自身も選手に対して感じた(私の現役時代を振り返るととても人のことを言えた義理ではないですが…)。当然、杉藤コーチは選手に十分なやる気を感じることができず、イライラして怒る場面が増えた。選手たちにしてみれば偉大な杉藤コーチ。直接怒られることで選手たちは萎縮してしまう。そんな時、私たちサブコーチ陣が杉藤コーチと選手の間に入ってフォローするのが役目であるのに、恥ずかしながら十分に役目を果たせたとは言い難かった。このような状態で、選手がのびのびと自主性を発揮することはますます困難になるという悪循環に陥っていた。
杉藤コーチと話して意見が一致するのは、日本人の育てられ方が自主性を阻害する大きな要因ではないかということだ。欧米では子供のころから自分で考えて意見をできるように育てられているのに対し、日本では受験教育などで与えられた課題をいかに素早く解いていくかが重視される。だから自分で自分に課題を課すということに慣れておらず、コーチに放っておかれると選手は何をしていいのか分からなくなってしまう。また、日本では目上の人に異論などしようものなら「生意気だ」と言われる雰囲気があり、結局自分で物を考えるより目上の人の意見にそのまま従うという思考回路になってしまう。このように育てられてきた若者が多い中、「自主性がない。なっとらん」と叱ったところで多くの選手はどうすればいいのか分からないだろう。結局、日本人の育てられ方という根の深い問題の根本的解決を杉藤コーチに求めても無理な話だ。彼がカナダでコーチングの勉強をしていた時に、選手に自主性があるのは当然だったし、自主性のない選手に自主性を養うためのコーチングの方法を彼が習っているはずもない。
●各コーチの役割分担
杉藤コーチの自主性を養う方針が空回りしつつも、インカレでは男子舵手なしペアが金メダル、男子舵手付きペアと女子舵手付きフォアが銅メダルを獲得、オックスフォード盾レガッタでもサードエイトが大学チームとして唯一決勝に進出するなど、よくここまで選手の力を伸ばせることができたと正直感心している(繰り返しになるが、選手の努力やマネージャー、サブコーチら大勢の支援があったからこそできたのはもちろんのこと)。2000年度シーズンの春から秋までを通してみると、6月の全日本、小樽商科大学との定期戦までは選手の自主性に乏しかったが、結果のひどさからか以後選手に自主性が少しずつ芽生えてきたように思える。11月から2001年度のシーズンに入ると、選手たちは「これまでは杉藤コーチに何でも任せっ放しだった。これからは杉藤コーチにできる限り頼らないようにしたい」という方向に進みつつあり、さらに選手の自主性が育ちつつあるなと感じている。
だが、杉藤コーチの納得する自主性には多くの選手がまだ失格の状態。はっきり言って彼は2000年度のシーズン中、精神的にかなり疲れていた。コーチといえども技術とメンタル面を同時にみていくことは負担が大きすぎる。コーチの役割分担が必要となる。選手の自主性を養うなどの仕事はサブコーチ含むサポート陣が今後は請け負うべきだろう。これまで現役部員もOB・OGも何でも杉藤コーチ任せにし過ぎてきた。杉藤コーチにはトレーニングやロウイング技術を教えるといった本来の仕事に専念してもらうべきだろう。現にそういったコーチング体制が現役部員の発案でできつつある。そのためにはOB・OG諸氏の協力は不可欠だ。たとえ日常的な協力ができなくても、試合の応援に来たり現役部員を飲みに連れて行くなどできる範囲で良いから現役への支援を茨水会員にはお願いしたい。
●確実に進歩している北大ボート部
杉藤コーチが撒いた「自主性」という種は少しずつだが芽が出て成長しつつある。自主性以外でも「体を痛めるようなひどい漕ぎをする選手がいなくなった」「整理整頓やあいさつが以前よりしっかりした」などの進歩に気が付く。来年は今年よりも選手が自主性を発揮して伸び伸びと漕げ、従って結果もより良いものになるだろう。小さな進歩に終わるか大きな進歩を遂げるかは分からないが、確実に前進していることは間違いない。杉藤ヘッドコーチ体制の3年間で男子エイトや女子フォアのインカレ優勝はまだないが、弱かった組織を強い組織に変えることは時間の掛かること。プロ野球パ・リーグでV2を達成した福岡ダイエーホークスの王貞治監督でさえ優勝まで5年の歳月を要し、それまでファンから「王辞めろ」とまで言われていたほどだ。ゆっくりではあるが男子エイトと女子フォアなど花形種目でのインカレ優勝に確実に近付いていると感じたシーズンだった。一部の茨水会員は男子舵手無しペアの優勝を「大した事ではない」と受け止めているようだが、かつては小艇種目を狙ってもメダルさえ取れない状況だった。それを考えればこの3年間の進歩は目に見えて現れてきている。私たちOB・OGができることは、杉藤コーチ体制を追い立てることではなく、積極的に協力していくことではないだろうか。