JOC研修員報告 種目:ボート 研修員:杉藤洋志(平成7年度・短期派遺)、(平成8年度・短期派遺)

T.研修題目
 カナダ国家コーチ免許制度レベル4(ナショナルコーチ資格)取得漕艇技術の理論と実践についての研修 カナダにおけるコーチ教育の実際についての研修

II.研修期間
 平成7年度短期研修:平成7年9月1日より平成8年8月31日まで 平成8年度短期研修:平成8年9月1日より平成9年8月31日まで

III.研修地と日程
 二年間の研修期間のほとんどをカナダ西部のブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリアで渦ごした。その他に試合、合宿、研修会などで北米大陸の各地や欧州の2か国でもー定期間活動した。その概要は下記の通りである。

<通常活動> Canadian National Coaching lnstitute(カナダ国立コーチング研修所)でのコーチング理論研修とVictoria Rowing Society(ビクトリ漕艇連合)加盟のチームでのコーチング。遠征などによる不在時以外はビクトリアにて研修活動を行った。
<それ以外の活動> 国内(米国含む)試合と合宿:担当クルーの遠征を企画、実行。(随時)国際試合:'96オリンピック及び世界選手権、日本ナショナルチームに同行。 ('96年6月26日より8月21日)コーチングクリニック講師:国家コーチ免許制度資格取得のための講習会(随時)。FISA(世界漕艇連盟)コーチングアカデミー:連盟によるエリートコーチ教育講座に参加。('97年1月6日より2月18日) 注:ビクトリア漕艇連合:カナダナショナルチーム・ビクトリアシティロウイングクラブ・ビクトリア大学・ビクトリア少年漕艇連盟からなる。いずれもビクトリア郊外のエルク湖ボートハウスを共有している。1997年からは地域の競技人口の成長にしたがって近郊の別々の水域にニつのクラブが新設されて新たに連合に加盟した。

IV.研修受入責任者
 Canadian National Coaching lnstitute(カナダ国立コーチング研修所)ディレクターのビル・トムソン氏、ならびにRowing Canada Aviron(カナダボート協会)。

V.研修内容の概略と所感
 以下本報告書では、私の研修活動の内容、私なりの日本のボート競技の将来的な戦略に関する提言、研修終了後の所感、の3項についてできるだけ簡潔に述べたいと思う。

(1)研修内容報告 (2)日本のボート競技はいかなる方向をめざすべきか (3)研修を終えて

(1)研修内容報告 <NCIとは> 研修はCanadian National Coachinglnstitute(NCI:カナダ国立コーチング研修所)に所属して、そのカリキュラムにしたがって進めた。NCIについては後述することとし、まずカナダのスポーツとコーチ教育のあらましをかいつまんで述べる。

 カナダは西欧型の地域スポーツクラブのシステムが全土に広く普及している。国技であるアイスホッケーは、ブロリーグをもつカナダでもっとも人気を集めるスポーツであるが、設立・維持に莫大な費用のかかるスケートリンクを使用するので、自然に学校単位よりも町単位でリンクなどのインフラを所有する場合が多く、地域単位のスポーツが盛んである。国境を接する米国では、野球、バスケットボール、フットボール等の人気スポーツに代表されるように、大学、そしてプロを頂点とするピラミッドが形成されている傾向があるのと比較すると、カナダのスポーツは、より地域単位でのスポーツによって成り立っている。 大学のスポーツも米国ほどではないが盛んであり、カナダにおけるスポーツは、地域スポーツが大半を占める欧州大陸のシステムと、学校スポーツの盛んな英国および米国のシステムの、ちょうど中間といった趣である。

 底辺レベルでは素人ボランティアコーチたちの質的向上、トップレベルにおいてはエリートコーチングのノウハウの教育と情報・人材の蓄積のために、National Coachingcertification program(カナダ国家コーチ免許制度:以下NCCP)が存在する。これはカナダコーチング協会の行っている資格制度で、5つのしベル(1が最低、5が最高、詳細は後述)からなっている。この制度は全国で広く行き渡っており、コーチ個人の能力やクラブの指導体制を推し量るうえで信頼できる指標となっている。たとえば、州代表あるいはカナダ代表のコーチになるにはしベル3保持が条件になる、免許保有者のいないクラブは活動を禁止される、などである。その浸透度と信頼性の高さは子供の育児のためのハウツー物の本に、「クラブを選択する際は、NCCP免許のしベルと保有者数をチェックせよ」と必ず書いてあることからもうかがい知ることができる。また多くの州で、体育教師の資格取得の条件としてしベル1免許を必須としている。各免許のしベルは、コーチングの対象とするしベルによって5段階に分かれており、その対象は、レベル1が初心者、レベル2が競技者、レベル3が州代表選手、レベル4・5がカナダ代表選手となっている。レベル5はナショナルヘッドコーチの資格で、各競技にほんの数人しか認定されていない難関である。レベル1から3はそれぞれが Theory(理論)、Technical(技術)、Practical(実践)の3単位からなっている。理論の単位は各競技共通で、定められたコースを修了するとカナダコーチング協会が単位を与える。残り2単位は各競技団体が個別に与える。この3つの単位すべてを取得してひとつのしベルの免許取得となる。

 私の所属したCanadian National Coaching lnstitute(カナダ国立コーチング研修所:以下NCI)はNCCPの最高教育機関であり、レベル3保持者を対象にして、さらにハイレベルのコーチを養成するための機関である。スコットランド出身の著名なサッカーコーチのビル・トムソン氏がディレクターをつとめている。NCIに加入するには、レベル3免許所有のほかに、競技団体の推薦がなければならないという条件があり、将来のカナダ代表を担うと思われる若干の優秀なコーチたちが学んでいる。外国人に対しては、94年のビクトリアでの英連邦大会開催を機会に年間2-3名を受け入れている。英連邦諸国以外からの研修生は私が第1号であった。レベル4・5の取得のためには、例外もあるが原則としてNCIに所属して活動する。レベル4・5認定のシステムはしベル3までとは異なっている。定められた20のタスク(別表1参照)について、それぞれのテーマに所定の課題がある。与えられた課題は、レポートを作成する、ワークブックを完遂する、プレゼンテーンョンを行う、などさまざまで、それをもってタスクのひとつが完了したと認定される。基本の12タスクを完了するとしベル4、残りの8タスクを完了すればしベル5である。

別表1(*印はしベル4取得に必要な基本12タスク)

NCCP レベル4/5 ボート競技 タスクリスト
タスク1* エネルギー供給機構
タスク2* ウエイトトレーニング
タスク3 ボート競技に特有のパフォーマンス要素
タスク4* 栄養
タスク5* 環境要因
タスク6* 休息と回復
タスク7* 心理的準備(コーチのための)
タスク8* 心理的準備(アスリートのための)
タスク9* 技術的トレーニング
タスク10 技術のバイオメカニカルな分析
タスク11* 戦略と戦術
タスク12* 年間トレーニング計画
タスク13* パフォーマンス分析
タスク14 トレーニングキャンプ
タスク15 遠征
タスク16 長期的育成
タスク17* リーダーシップ
タスク18 コーチング能力を向上させる
タスク19 カナダのスポーツ機構
タスク20 ナショナルチームプログラム

 さて、レベル4・5のそれぞれのタスクはすべてエリートレベルで活動しているコーチが指導やチーム運営を通じて行う必要があるようにデザインされている。コーチ研修生は、各競技団体が認定したナショナルコーチなどの優秀なコーチをマスターコーチ(言うなれば「師匠」である)として、通例そのアシスタントとして実際に選手を指導しながらタスクをこなす。ビクトリアは北東太平洋の暖流の影響で、気温の年鮫差が非常に小さく、冬の降雪・結氷がないため、屋外スポーツを中心に多くのスポーツのナショナルハイバフォーマンスセンター(競技によってはナショナルトレーニングセンターとよばれる)となっており、それゆえにNCIがビクトリアに設立された。NCIビクトリアのコーチの多くはいわゆる「夏のスポーツ」のコーチである。NCIはカナダ国内にもうひとつ、88年の冬季オリンピック開催地であるカルガリーにあり、そこではおもに冬のスポーツのコーチたちが学んでいる。NCIビクトリアでは、コア・スポーツ(注参照)のコーチ研修生、加えて数種目のコーチが年度ごとに加入する。 (注:コアスポーツはマスターコーチが常時ビクトリアで活動しているスポーツ。陸上中距離、バスケットボール、自転車、陸上ホッケー、体操、カヤック、ボート、ラグビー、ヨット、サッカー、水泳、バレーボール)

 研修生の総数は毎年15-20人程度である。私の同期には私のほかに2名のボート競技のコーチがいた。オリンピックでメダルを荒稼ぎするボート競技は、今やカナダの看板スポーツであり、その中心にあるビクトリアに所在するNCIにおいて、大変重要な位置を占めているスポーツとなっている。NCIでもっとも魅力的なのは、さまざまなスポーツの若いコーチたちがー堂に会して常にディスカッンョンや情報交換ができることである。講師陣はいずれもナショナルレベルでのコーチングに関わっているコーチや学者たちである。カナダ、そして英連邦諸国のほか、ときにそれ以外の諸国からも多くの人材が講師を務めている。研修生、講師陣のなかで、明らかにー番英語力の低かった私であったが、いろんな競技を背景に持つ彼等にかこまれ、コーチングを勉強するには最高と言える環境のなかで、幸せな時間を過ごした。

 私は本研修派遣申請前の94年冬に数か月個人的にビクトリアに滞在してしベル2までを取得した。本研修ではしベル3取得とNCIカリキュラムとを並行して行い、95年12月にレベル3、96年11月にしベル4を取得した。現在はしベル5を取得途上で、数年以内の完了を目指している。 他に、レベル3以上の資格保有者には、駆け出しコーチ(私もそのー人であるが)の教育も重要な役割で、NCIカリキュラムのなかには選択でNCCPコースコンダクターの免許取得の講習があり、私はレベル1の理論単位、レベル1から3の技術および実践単位についてこれを取得した。以後帰国まで数回のコーチングクリニック講師をこなした。

<二年間での指導実績> 私は、カナダナショナルコーチ陣(フライアン・リチャードソン氏、アル・モロー氏)に加えて、過去アメリカ、カナダ、日本のナショナルコーチを歴任したドリュー・ハリソン氏をマスターコーチとして、コーチングの実践的指導を受けながら、カナダのボート競技のメッカ、エルク湖でニ年間コーチングをした。世界的な名声であるカナダのトップコーチの活動するビクトリアにあって、私は文字通り「ボート後進国から来た若僧コーチ」であった。ナショナルチームのトップチームのコーチングそのものにはタッチできなかったが、そのすぐ下のレベルのコーチングを任された。目前でトップチームの活動を見られるうえに、重要な位置を占めてコーチングができ、大変やりがいを感じた(単なる人材不足という側面もあるのだが・・・・・・)。トップチームに食い込んでやるぞという挑戦者的な気概を選手たちと共有できて、楽しい2年間のコーチングであった。

 95-96シーズンはビクトリアロウイングクラブの男子シニアチームのヘッドコーチとして活動した。肩書きには「男子」とあるがそれは名ばかりで、選手たちは私と、女子チームを担当していたコーチ、ケイティ・パーク氏(彼女はナショナルチームのアシスタントもパートタイム雇用で務めていた)との間を選手は自由に行き来して、どちらも男女ごちゃまぜのチームであった。選手はより良い環境、より良いコーチングを求めてクラブを自由に渡り歩く。2年間選手たちの厳しい観察眼にさらされて、しんどくはあっても、自分のコーチングに対してすぐにフィードバックが得られるという点でよい環境であった。オリンピックイヤーでもあり、この年は前年のシーズン終了後すぐにカナダ全土の有望選手たちがビクトリアに集結して一大グループを形成していた。トップチームはナショナルコーチの4名が指導にあたり、そこから漏れた選手と、地元のシニア選手が引くとリアルタイムロウイングクラブのシニアチームのメンバーとして活動して、事実上の「2軍」を形成した。(セレクションの進行やナショナルチームの機構については後述する。)ここから6名の選手が96年夏までに、2名が96年秋にトップチームに加入をはたした。オリンピック選手は残念ながらそこからは出なかったのだが、多くが世界選手権チーム入りをはたし、シドニー五輪での代表権獲得を目指している。

 96年4月にオリンピック挑戦クルーが確定された後、活動を休止したり出身地に帰った選手をのぞいて、地元の選手を中心にした男子の重量級フォアを編成して夏のシーズンに臨んだ。そのクルーは全米選手権で強豪ペンアスレチッククラブを破って優勝したのを皮切りに、カナディアンヘンリーレガッタと州対抗カナダカップも制し、3冠の快挙を達成した。 96-97シーズンはビクトリア大学の男子チームをコーチングした。9月から3月まではアシスタントとしておもに対校第二エイトと軽量級クルーを、その後4月から8月まではヘッドコーチとして指導した。UVicの愛称で親しまれるこの大学のボート部は、1980年代以降数多くの代表選手を輩出したチームであり、オリンピックイヤーに学業を休んでいた選手たちが復学したことで、再び多くの代表選手を擁することになった。大学のクラブとはいえ、年齢制限なし、登録年限は5年、2単位分以上のコースを受講するパートタイム学生でも参加できる、など地域クラブ的な顔も持っている。チームには上述のような国際レベルの選手から、前年の新人チームから移行してきたばかりのキャリアの浅い選手までさまざまなしベルの選手が居て、それをごちゃまぜで多人数を指導していかなければならず、前シーズンとはまた違った挑戦ができた。レベルの高い選手にも恵まれて、秋から冬にかけての地方レガッタシーズンで、第二エイトはそのカテゴリーでは無敗であった。夏のカナディアンヘンリーレガッタには13種目のエントリー中10種目で決勝進出、7種目で3位入賞、3種目で優勝して、女子チームとあわせ、ビクトリア大学として7年ぶりの最優秀クラブ賞を獲得した。

この稿おわり