JOCレポート3

(2)日本のボート韓技はいかなる方向を目指すべきか

 日本のボートは今だー度もオリンピックや世界選手権で表彰台に上ったことがない。この現状をいかにして打開すべきか、考察してみたいと思う。

 日本のボート界において今一番問題となるのは、ボート競技が21世紀の社会の発展にどうやって寄与できるのか、また個人がボート競技に取り組む価値はなにか、という理念が不在であることだと思う。理念なくして競技力向上や普及の方法論についての変更を論ずるのは、基礎工事も設計図もなしに建造物を作り上げようとするようなものである。

 現在日本ではほとんどすべてのチームを学校か企業が所有している。数年の単位で活動を区切られる学校体育、企業の論理の範囲でしか活動できない実業団クラブ、ここでは共に選手も、競技自体も、チームに従属した存在となっているのではないか。反面、競技経験のない教師が顧問に嫌々狩り出されること、大きな宣伝効果も望めないボート部を企業が維持していくことなど問題点も顕在化し、ボート競技の存在意義とはー体なんだと考えさせられてしまう。ボランティアで学校チームを切り盛りする教員たちや、実業団チームを維持する企業などに「負担」が集中している現行のシステムから、ゆるやかに社会全体が負担と価値を分け合う地域型のスポーツクラブシステムに変化していく必要がある。そしてそれを貫く理念が是非とも必要である。

 ボート競技だけでなく、スポーツは思いのままに体を操ってプレイをする創造的活動であり、人生を豊かに彩ってくれるものだと思う。これを楽しむ権利は、絵をかいたり歌を歌うことのように、万人のものであってしかるべきなのだと私は思う。社会の構成員が余暇活動を楽しむ権利を守るのは、社会の責任ではないだろうか。競技スポーツがその余暇を費やすのに価する価値ある世界となっていくよう、私達スポーツに関わるものが努力する必要がある。競技スポーツの醍醐味は、自分の壁を越えること、自分自身の頭脳と肉体と努力によって、不可能を可能にすることである。だれしもが無限の可能性を秘めている、これほど痛快なことを比較的簡単に人間に気付かせてくれるのが、競技スポーツの存在意義のひとつだと私は考える。「自立した個人による、エクセレンスの追及」これが私の提案する理念である。このエクセレンスを追及する場としてのスポーツ機会を分け隔てなく享妥できる社会をつくろうとすることも、人間の可能性を超越するかのような最高のパフォーマンスを追い求めることも、同じ理念に根源を持つ。そのエクセレンスの究極に、ナショナルチームが存在すればいいのである。

 日本のボート選手が国際レベルで成功できないひとつの大きな理由として、レース経験の少なさが挙げられる。若くして引退する選手が多いこともー因である。また、同じだけの年数漕いだとしても、強豪国のひしめく欧州に比べて、場数を踏んでいないのも事実である。でもそれはあくまで言い訳で、ナショナルチームが欧州を転戦すれば問題解消、と考えるならばあまりにも安易すぎる。確かにそうすることで得られるものも大きいだろうが、試合をする感覚とでも言うべきか、極度の緊張のなかでの力を出す能力を、やりようによってはもうすこし国内でも付けられるようにすることは可能ではないかと思う。日本国内のしースは、日本ボート協会が主催する全日本選手権をはじめとして、多くの地方レースに至るまで、ダブルエントリー禁止ということで、選手はひとつの試合でひとつの種目に出場するのみである。予選(敗者復活戦)で負ければそれっきり、エントリーが少ない種目だったら、決勝一回を漕ぐだけで試合終了となる。ただでさえ少ない試合になけなしの金を投じて遠征して、1回とか2回きりのしースしかできない、これではしース感覚を磨くどころではなくなってしまう。もっと多くのレースを経験できるようにすべきである。草しースでもいいから、もっとたくさんの試合を各クラブが主催して行うこと、ダブルエントリーを奨励すること、混成クルーでのエントリーを許可すること、締切り後のエントリーや飛び入りに門戸を開くこと、これでずいぶん状況は変わるのではなかろうか。もっとたくさんしースをしたほうが楽しい、多くの試合を経験することで「本番に強い」選手が生まれてくる、と言うことにコンセンサスを得るのが無論先決ではあるが。

 欧米の少年スポーツは、シーズン制が定着していて、幼少の頃から色々なスポーツを経験する場合が多いのはよく知られている。どんなスボーツでも、一番面白いのは当然試合で、子供たちは実に多くの試合をする。つまらない練習ばかりでは子供たちは辞めてしまうであろう。それはクラブ、ひいてはそのスポーツの滅亡を意味するのである。日本において、スポーツへの取り組みは、鍛練こそが重要であり、試合云々はニの次、とされているふしがある。年間数試合のために1年間、日夜練習を重ねる、といつ場合が多々ある。「本番で力を発揮できずに終わる」というのはボート競技のみならず日本人選手によくおこることのように思われる。ンーズン制で若いスポーツマンたちが多くの競技種目に参加して数多くの試合を経験することは、ストレスマネジメント能力に優れたスポーツマンを産み出すのではないだろうか。身体のバランスの取れた発達、「飽き」によるスポーツからの離脱の防止、それぞれに向いた競技種目の発見、などとあわせて、大きなメリットとなると私は思う。

 日本ナショナルトレーニングセンターの開設が声高に叫ばれている。エリート選手とブロのコーチたちが集って、科学のサポートを得ながら、最大効率のトレーニングを積む、そんなトレセンの出現を願ってやまない。だが、建物を作って、計測機器を入れて、等のハードの整備以上に、ソフトの整備を重視する必要がある。設備を有効に利用するには、コーチと科学者の絶妙な連係が必要である。そのために、コーチはより専門的な知識を持つ必要がある。コーチの教育、より深い競技への理解を待った科学者の育成、選手やコーチがそこに集うことが経済生活や社会生活に影響を及ぼさないための社会環境整備、これらなくしてトレセンは無意味となってしまいかねない。ボート競技のカナダナショナルチームのハイバフォーマンスセンターがいかに質素なものかはすでに述べた。先端のテクノロジー以上に大切なのは、存分にトレーニングに打ち込める自然環境と社会環境であることを忘れないよう肝に命ずるべきである。

 現在の日本のトップアスリート強化は JOC強化事業本部の仕事となっている。そして、各競技団体が協会内に強化部を所有して、それぞれがばらばらに強化に携わっている。強化は事実上競技団体よりも各チームまかせ、という側面さえある。これは考え様によっては実にもったいない話で、それぞれの競技が強化に関するノウハウや有用な情報を共有できたら、と思う。合同のトレセン開設もひとつの大きな手段となるだろう。もうひとつ考えられるのは、オリンピック委員会や各競技団体が、競技大会や選手権などの試合のマネジメントと選手強化の両方を是が非でもやらなければいけない道理はないわけで、これら強化をつかさどる部門をー体化して、独立、あるいは現状のままでも、より専門性と実行力を高めた組織にするのもひとつの手だと思う。より強固なりーダーシッブを発揮して、エリート強化に関するノウハウや人材などの共有、強化事業の前進をすすめる、名付けて「チームジャパン構想」。勝手な空想ながら私は胸躍る思いを禁じえない。

 日本のボート界にとって、コーチングの質の強化は急務である。世界屈指の登録選手人口からは想像もつかないほどの国際的競技力の低さも、あるいは日本中から毎年のように飛び込んでくる死亡事故のニュースも、優れたコーチが各地で指導にあたっていたなら、防げた悲劇ではないだろうか。日本全国から、これまた毎年のように地方自治体の手で新しいボートコースや艇庫が完成した、と言うニュースを耳にするのだが、そこに管理者はいても、コーチが常駐している、という話は聞いたことがない。選手生活の余生ではない、専門職としてのコーチの教育と地位向上を願うや切である。

 私は、多くの方々の努力に支えられて無事研修を終えることができた。遠征や仕事での海外経験をきれている方も多い最近の日本にあって、この報告書を「見聞録」で終止させるのは怠慢ではないか、と思い、2年間の研修の成果を踏まえて、大変僭越ながら私なりに日本ボート界の将来に向かっての戦略についての考えのー部を述べた。これは全く私の空想から出たものであり、これが取るべき最善の道であると頑迷に信じているわけではない。そのうえボートのみに留まらず日本のスポーツとそれを取り巻く社会についても変革を要する過程である。容易に改革が実現することはできないとしても、私は未来のスポーツの姿を想像し、デザインしていこうとする姿勢を常に持っているスポーツマンでありたいと思う。そしてボート競技が日本のスポーツ界の概念や構造を改革する先駆けになることを期待するのである。

(3)研修を終えて 2年間で学んだことは、あまりにも多すぎて、この報告書にはその100分の1も書けたのかどうか、と考えてしまう。これから先、私の経験を日本のボートやスポーツのために還元していきたいと思う。この在外研修制度が将来にわたって、発展しながら継続していくことを心から願っている。2年間の研修を通じて見聞きしたこと、感じたことなどを日本ボート協会の機関誌「月刊漕艇」に連載し、現在も続行中である。興味をお持ちの方はそちらも参照いただければ幸いである。

 この制度に未来への一層の期待を込めつつ、提案をいくつかここに記させていただきたいと思う。ひとつは、研修生選考の基準とプロセスを開示していただきたい、ということである。この制度が日本のスポーツの将来にとって重要なプログラムであることは疑いのないことであり、それだけに選考には引き続き十二分に公正を期していただきたいと思う。もうひとつは、この制度自体の知名度をもっと上げるべきである、ということである。制度自体は非常に魅力的であり、もっと周知が進めば、より優秀な人材の派遣につながるのではないかと思う。このためには私のような「卒業生」が努力する必要があると感じる。

 2年間の研修は、長いようで本当にあっという間でした。有意義な時間を与えてくださったすべての方々に、この場を借りて御礼申し上げたいと存じます。本当に有難うございました。

*日本漕艇協会は、自身の呼称をボート協会とするなど、競技の名称を「ボート」に統一しようとしているために、本文中、「ボート」と表記するよう努め、Rowing あるいは 漕艇などの表記の使用は極力避けた。

おわり