僕は外人コーチ第10回 − 言葉の壁とは
(月刊漕艇1997年5月号)
しばらく壮大な話題ばかりをこのレポートに書いて、私も肩が凝ってしまいそうなので、全回はもう少しくだらない話を書こうと思います。私の失敗談などを通じて、コミュニケーションのひとつの道具としての「言葉」について考えるきっかけになれば、と思います。
はじめて実際にカナダ人の選手たちにコーチングするということで、とんでもなく緊張していた私に対しての、日本ナショナル・コーチでもあったハリソン氏の助言は、こうでした。
「日本のロウイング用語はみんな英語。私も楽だったのだから大丈夫」
そうかそうか、と単純な私はコーチ・ボートに乗って、クラブのジュニア選手たちのエイトに伴走し、艇を止めてテクニカル・ドリルを説明しようとしたときです。何といって艇を止めさせればいいのだろう? と、ふと考え、もだえ苦しんだあげく、クルーを1000m以上先の行き止まりまで漕がせてしまいました。
コックスの女の子は歯切れのよい声で、"Let her run!!" といい、クルーはオールを空中でフェザーをした状態で止めました。(Let:-させる。そのまま勝手に、という意味合いを含む場合が多い。her:艇は女性扱いだから「彼女」、目的格のherを使う。run:走る。)
「彼女を走らせろ」か、なるほど...と思ってひとりでうなずいている私に、クルーの目がこれから何をすればよいのか、と訴えていることに気づいたときは、かなりの時間が経っていました。焦りながらも、日本ではアリガトウと言うこと、それが Thank youを意味していること、を言ったらそれが妙に受けて雰囲気がよくなり、カナダでの初のコーチングは、脂汗をかきながらもまずまずのセッションになりました。でもよく考えてみると"Let her run"は「ありがとう」ではなく「イージー ・オール」が正しいですよね。ちなみに「イージー」は"Down"です。
米国ではこれにあたる言葉は Weigh enough です。直訳すれば「もう充分に負荷を与えた。(だからやめよう)」となるでしょうか。英国 ノッティンガムのクラブでは、コックスは Easy boys といっていました。女予のクルーに対しては girlsというのでしょうか。男女混合のクルーには.....?
腕漕ぎからはじまって上体漕ぎ、そしてシート・スライドを加えて行く、というオーソドックスなテクニカル・ドリルがあります。初心者から世界チャンピオンまで、多くのクルーが行っているドリルです。
私が所属してきた国内のチームでは「フィニッシュ練習」、「フィニッシュ・ロウ」、「フィニッシュ・ドリル」などと呼んでいました。小日向選手とダブルを組んでいたときは、特に名前もつけすに「じゃあ腕漕ぎから行こう」といっていました。
あるとき、男子のナショナル・チーム予備軍(Pre-elite athletesとか National team contendersといいます)をコーチしたときのことです。
そのドリルの呼び名を知らなかった私は、やりかたを説明しようとしました。「ますは腕だけで、次に上体のスイングを加えて云々」....ひとりのスカラーが「ああ、Sequencing drill(連続的ドリル)のことだね、わかった」といって腕漕ぎを始めました。非常にせわしなく、そして水平に水を押す成分のほとんどない、典型的な「扇風機」でした。
彼にこのドリルの目的と正しいやり方を理解させるのは、彼の体に染みついたものと、私の拙い英語のせいで、とても時間がかかり、骨の折れる作業でした。
Sequenclng drillという呼び名は、ナショナル・チームをはじめ、エルク湖のオアズパーソンズの間では共通語です。しかし、それをやれ、とだけいうと、多くが前述のスカラーと同様の間違ったやり方をします。私はどんな練習でもその目的と意識すべきことを説明してから実行するよう努めていますが、正しく表現するまでには至らない場合も多くて、いつもへ夕クソな英語しか話せないのを悔しく思います。
あるとき私はあるスカラーの前方に流木を見つけて「流木に気をつけろ」というつもりで Be careful about the log. といいました。彼がそれと衝突しないコースに外れたように見えたので、他のボートに目を配ってました。すると突然コン! という音がして、さきほどのスカラーがブしードで流木を叩き、転覆寸前になっていました。彼の木製艇がその流木に乗り上げなかったこと、また沈をせずにすんだことは幸いでした。
あとで彼と話をすると、私のいったことは、一般的な注意に受け取られたようです。つまり、北海道土産にありがちな「熊出没注意」と同レベルでしかなかったわけです。
"Watch the fog(流木だ、注意しろ)、"Log ahead(前方に流木) "Keep your eyes open the log(流木から目を離すな)などというべきだと他のコーチの発言から追い追い学習しました。
"Iceberg ahead, he shouted.(前方に氷山! と彼は叫んだ) たしか中学3年の英語の教科書のなかにありました。うーむ、学校英語も捨てたものではないな、などと思ったりします。このタイタニック号のお話は今も掲載されているのでしょうか。10代の選手のどなたかご存じでしたら教えてください。
NCCPレベル-1 技術単位、リギングのクラスを受け持ったときのことです。イタリア、マルティノリ社とドイツ、工ンパッハ社のふたつの角度計を見せて「こっちはイタリア製で、こっちはドイツ製、こっちの方が信頼性が高い」と後者を指すと、思いがけず爆笑を誘ってしまいました。私は計測機器の精度をなにげなく評価しただけだったのですが、どうやら受講者たろは両方の国民性にひっかけたギャグと取ったようです。誤解されるのもときには悪くないものですね。
ところで、時はさかのぼって、私が選手としてナショナル・チームに初挑戦したときのことです。
初対面の、しかし名前はよく知っているー流の選手たちに混じってエイトを漕がせてもらいました。コックスは某強豪実業団の選手でした。荒川に漕ぎ出して間もなく、彼は「バ・・フォ・・て・・こう」といいました。バウフォアのー員である 4番の私は迷わすブレードを水中に入れて艇を止める動作をしました。しかしバウスリーは漕いでおり、たいへん間抜けな状態となりました。
コックスは「抵抗」ではなく「で行こう」といったのです。マイクの調子が悪かったのか、彼の独特の口調がわかりづらかつたのか、はたまた自分がアンポンタンだったのか、今思い出しても笑えます。
もうひとつ、同じような話を。私がナショナル・チームに定着しはじめたあるとき、強化合宿に助っ人コックスが来て艇に乗ってくれました。荒川を上っている最中、コックスが「ストローク・サイドに火事!」と言いました。ストローク・サイドのー員である 6番の私は、迷わず野次馬根性まる出しで「なに、どこどこ?」と漕ぎながら川の東京側の岸を探しました。どこにも火の手は見えません。艇がゆるやかに左舷へカーブしていくのを感じました。コツクスは「火事」ではなく「舵」と言ったのです。マイクの...彼の独特の...えー...
やはり自分がアンポンタンだったのでしょう。今思い出しても赤面してしまいます。
考えてみれば、同僚や家族ともよく誤解がもとで大ゲンカをやらかしました。コミュニケーションの失敗を「言葉の壁」のせいにしないように心がけてコーチングをしてい行こうと思います。日本に帰国したあとは「言葉の壁」なんてことは言い訳にはできませんから。
この稿おわり