僕は外人コーチ第12回 − チームワーク

(月刊漕艇1997年12月号)

 

1997年6月第2週の週末、カナダ・ゲームス(注参照)BCチームのセレクションキャンプでのことです。ランキング上位を独占した我がビクトリア大学の3人のフレッシュマンたちと喜びあいながら、私はある選手のうつ向く顔にやり切れぬ思いを感じていました。辛くもスタボードサイドの4位で選抜された。失意のライアン・スタインガード(Ryan Steingaard)君です。

彼に最初に声をかけていたのは、断トツで州代表クルーにシートを得た、ビクトリア大学の若きエース、マイク.グレース(Mike Grace)君でした。二人はいずれも前年のプリティシュへンー・ロイヤル・レガッタのプリンスエドワード杯(男子ジュニアエイト部門)を圧倒的なスピードで制したブレントウッド・カレッジ高校クルーの漕手でした。「あのクルーに勝る艇速を持っていたのは、その年ジュニア世界選手権を制したドイツクルーだけだ」と言われたほどの、超高校級クルーです。オリンピック準備合宿に主力を出していたカナダ国内の強豪クラブ(もちろんシニアの選手たちです)は、彼らに全く歯が立ちませんでした。ライアン君は米国でも一二を争う伝統校、ハーバード大学に進学し、もちろんボート部で大活躍しています。何でも彼が乗っていた新人エイトは1年間無敗を誇ったとか。当然我々コ一チ陣はライアン君に大きな期待を抱きました。

でも実際キャンプが始まると、なんだかおかしいぞ、になり、次に、どうなってるんだ、になりました。久しぶりの里帰りに嬉しそうにしていた彼の顔が見る見る苦悩に歪んでいくのを見るのは胸が痛みました。

(注、カナダ・ゲームス:2年にー度開催される、州対抗の総合スポーツ大会。オリンピ・ソクのように、一都市がホストとなる。参加資格は21歳末満。若手登龍門的な大会である。国土の広いカナダはこれ以外には全国総合スポーツ大会は「障害者オリンピック」だけである。シニアのー流選手にとっては、各競技別の全国大会や米国チームとの試合、そして世界レベルの試合が力を発揮する場となる)

 

小艇をほとんど漕がずにエイトの練習・レースばかりをしていた彼にとって、ペアに拠るシートレースは酷だったかもしれません。それでも漕ぎ初めてから1年足らずの選手にさえ敗れ去る彼の姿には、なぜだ、と思わずにはいられませんでした。彼からは体調などにとくに問題があるとの申告はありませんでした。ブレントウッドでもベアは頻繁に漕いでいたので問題はない、どうして艇が走らないのか分からない、と彼は言いました。

おかしいことといえば、とにかく漕ぎ方でした。体をゆらして、プレードは安定しません。以前、無敵のクルーの 6番としてどんな漕ぎをしていたか、私はしっかりと見たことがありませんので、彼はおかしくなったのか、それとも前からそうなのか、よくわかりません。マイクに言わせると、見た目は以前とそう変わっていないけど、一緒に乗るとひどい揺れで漕げない、とのことでした。おこがましいことながら、ハーバードではー体どんなことをしていたのか、一体何を教えているのか、との疑問を感じずにはいられなくなりました。

 

アメリカの漕艇人の手で編集され、北米全域で出版されている、隔週刊のlndependent Rowing News(独立漕艇新聞)という新聞があります。発行部数は少ないのですが、試含結果の速報がとても速く、また特集記事がなかなかおもしろいマイナーながら魅力的な新聞です。私はセレクションが終わって数週間後に掲載されていた特集記事を読んで、はっとしました。カナダ女子重量級チームのヘッドコーチである、アル・モロー氏のインタビュー記事です。

過去オリンピック男子エイト 6連勝など最強を誇ったアメリカも、近年では国際的地位は下降ぎみ、しかし隣国カナダはそれを反比例するかのように90年代の世界ローイングをりードする存在となりました。総人口では約 7分の1 、登録選手人口ではほぼ 5分の1 、冷帯や寒帯が国土のほとんどを占め、経済でも大きく勝っている、そんな国に、なぜアメリカは負けるのか、そのわけを教えて、モローさん、という感じの記事でした。彼の答えとして掲載されていた文章を要約すると、こんなところです。「カナダのナショナルチームは、真の意味でのナショナルチームという形になりつつある。国内のローイングに携わる、選手、コーチ、クラブなどはナショナルチームの活動に目を向けている、そのため最高の人材が集まっている。近年ナショナルチームが強いことで、国際的な成功を収めようという欲求が彼らにとって大きな動機づけになっていることもー因だが、国内のシステムがナショナルチームの活動をサポートする体制になっているのだ。これを私はチームワークと呼ぶ」

米国の問題点については、辛辣な言葉が紙面をにぎわせていました。「早く引退する選手が多く、真の最強チームではない。経済的にやっていけないことも然りだが、ナショナルアスリートであるというライフスタイルを選択する価値が浸透していない」「強力な選手をクラブが出し渋る。この場合ナショナルチームはサポートすべき対象ではなく、戦力をそぐ敵。国内のシステムに問題がある」「コーチが教育されていない。情報の共有がないので各々のクラブがバラバラ」

あれ、これはアメリカのことだっけ、などと思ってしまう私でした。「カナダのジュニアは組織的に強化されているわけではなく、国際的にも強くない。今後の課題である。だが、シニアにおいてはー度コーチの目に止まれば選手はナショナルチームで計画的に育成される。現時点ではこのやり方である程度の成功を収めている」

私は個人的に、ローイングは選手としてのピークが比較的遅いだけに、「若年層を徹底的に鍛えねばならない」という考えは持っていませんが、モロー氏がそういう考えかどうかは不明です。

さてなによりショッキングなのは、以前モロー氏本人から聞いたこともあるこのくだりです。「96年アトランタオリンピックに出場したカナダ代表選手で、アメリカの大学で漕いでいた経験があるのは、男子エイトを漕いだ、テンプル出身のスコット・ブロディだけ。多くの若い有望選手が奨学金を得てアメリカの大学に行ったが、ほとんどがカナダに帰つてきたときはナショナルチームのレベルではなかった」

実際アメリカの有力大学は、相当な数の有望なカナダの高校生をスカウトしています。96年ジュニア世界選手権男子ペア、カナダに初めてジュニア種目優勝をもたらした。デーブ・コールダー君とケビン・ホワイト君(二人はいずれもブレントウッズの最強クルーのメンバーです)はそれぞれ名門のワシントン大学とカリフォルニア大学バークリー校に進みました。ビクトリアのボートハウスのラウンジでは、頻繁に大学のブレザーをまとったコーチと、興奮気味の高校生と、その父兄とが話している様子を何度も目にしました。カナダのナショナルチームは小艇を非常に重視したトレーニングとセレクションをしており、米国の大学で 4年間エイトを漕ぎまくった選手には酷なシステムとも言えます。カナダが素質と能力のある彼ら、彼女らを受け入れる器量を持たないのか、それともアメリカの大学は素晴らしい素質をうまく育てていないのかは議論の余地があるところです。でも私には、ライアン君の苦悩する顔が、なにかを雄弁に物語っているように思えました。

 

私は、何人かのアメリカ人コーチたちの非常に高い能力と人間性にひかれてプロコーチを志しました。ですが、多くのプロコーチたちが、スポーツとしてローイングの未来を考えるよりも、自分の領域を守ることに躍起になるのは致し方ないことなのでしょうか。

モロー氏の言う「チームワーク」を、アメリカは私から見ても確かに発揮できているわけではありません。ナショナルチームに対するサポートは、不十分であるといわざるを得ません。日本の基準からいえばうらやましい限りでも、アメリカのナショナルチームは有力の大学のボート部よりも貧乏だといえます。ナショナルチームとしては小艇を進めるテクニックを重視していても、相変わらす売れるのはエイトばかり。またアメリカは確固たるコーチ教育制度をもっていません。

オーストラリア出身で、アトランタまでカナダのヘッドコーチを勤めたりチャードソン氏と同じようなことを話したことがあります。「オーストラリアではジュニアのローイングが非常に盛んで、極端に競技力は高い。男子のエイトでは優勝タイムは5分40秒なんてこともある。みんなそこで燃え尽きてやめてしまう。シニアになってもクラブ同士とか州同士がいがみ合ってばかり、ナショナルチームは苦労しているよ」

私たちの国はどうなんでしょう。われわれの代表チームは、本当にわれわれの総力を結集したチームでしょうか。素質は、人材は、サポートは、ノウハウは、設備は、資金は....。

まずはわれわれの、「いいチームを作ろうじゃないか」という気持ちを結集するべきではないでしょうか。日本代表が世界を席巻すること、私は可能だと信じています。「チームワーク」というタイトルは唐突な印象を与えたでしようか。2年間の研修期間を終えて帰国した今、何度も穴をあげてしまったこのレポートの執筆もあと数回というところでしょう。その数回は、これまでの経験をふまえて、私なりの提言を日本のローイングの未来に対して行う場として使わせていただきたいと思います。相変わらず若僧の癖に偉そうなことを、とお怒りの方もあと数回だけおつきあいください。「一艇ありて一人なし」とは、優れたユニフォミティこそはローイングの王道であると考える人がよく使う言葉です。私は、「主張するチームワーク」を日本のローイングのために作るべきだと思います。各々のもつ頭脳と能力を結集して、強いナショナルチームを作っていきましょう! ! いつかその渦の中にこの身を置くことを、私は夢見ています。

 

この稿おわり