僕は外人コーチ第8回−1996夏を終えて
(月刊漕艇1997年2月号)
'96年夏のシーズンが終わってはや晩秋、オリンピック終了後ということで、ナショナル・チームは長めのオフを取っています。息が詰まるほどの緊張感を常に漂わせていたエルク湖は今はやや落ち着いた雰囲気となっています。私はこの夏、NCIの夏の休暇を利用して、日本ナショナル・チームの活動をほんの少し手伝わせてもらいました。
カナダで迎えた本格的な夏のシーズンのはじまりから、国際的なクルーをみる機会に恵まれたその終わりまで、見たこと、感じたことを中心に、今回は書こうと思います。
●カナダ金メダル神話の崩壊
オリンピックのロウイングを見て、このスポーツのおもしろさ、難しさをつくづく思い知らされました。ブランクを乗り越えて好成績を挙げたクルーや、プレッシャーをものともせずに王座を勝ち取ったクルーもいれば、期待の大きさの反面振るわなかったクルーもいました。
印象をー言で言えば、トップ・レベルのロウイングはまた大きな進歩を遂げた、というところでしょうか。
カナダは今大会ロウイング競技で金1、銀4、銅1の成績で、成功を収めた、と結論付けられています。ロウイングに関わりがある人に限らず、カナダ・クルーの活躍はカナダ国民の間で大きな大きな話題だったようです。
その中で、私にとって最も印象深かったのは、女子ダブルスカルの優勝や、銀メダルに「終わった」男女シングルスカルではなく、女子軽量級ダブルスカルのウィーブ・ミラー組の、まさかの準決勝敗退でした。'93年から'95年にかけて世界選手権で3連覇を遂げ、今回も大本命だったクルーです。慢心したとか、周囲のしベルアップに取り残された、などと口さがないことをいう人も中にはいますが、整調のウィーブ選手の急病、というのが真相のようです。昨秋からのナショナル・チームのトレーニングを目前で見ながら、私はいつもこのクルーに目を奪われていました。連覇におごらず激しいトレーニングに積極的に取り組む真摯な姿だけでなく、コーチであるリチャードソン氏との共同作業から生まれる、急速なスピードで進化していくクルーの漕ぎには、ただただ感服するばかりでした。
カナダ・ナショナル・チームには、ゴールド・メダル・スタンダード(優勝水準)というものがあります。理想的な天候下で、今年の世界選手権(あるいはオリンピック)の優勝タイムはこのくらいだろう、と予測した数値です。タイム・トライアルでの記録がこのスタンダードから何秒離れているか、またスピードは何%に達しているか、ということを各種目のボートが争うのです。
ウィーブ・ミラー組は、こういったトライアルで常にトツプレベルでした。100 %を超したことがあったのは、彼女らだけだったと記憶しています。事前のデュイスプルグ、ルツェルンでは世界最高タイムを連発して圧勝。私だけでなく、カナダ中が金メダル間違いなし、と考えていました。そう、ちょうどリレハンメルでの荻原選手のように。しかし、あるいは、だからこそ、彼女らは敗れ去りました。
●デンマークはなぜ強いか
数年前から感じていたことですが、デンマークの選手たちの「勝利する能力」の高さに、今年も驚くことしきりでした。最後 300 m ほどで逆転するしースを、ここ数年で一体どのくらいこの国のアスリートたちはやってのけたでしょうか。非常な僅差でラスト・スパートに突入するあの苦しさの中から、さらに艇速を上乗せする、そんなとんでもないことを可能にするのは、非常に高い生理的能力と効率的な技術と、そして競技者としての「勝つ能力」だと思います。
デンマークにおけるロウイングがどのように組織され、代表チームがどのように強化されているかは断片的にしか聞いたことがありません。一体どうやったらあんなクルーを作り出せるのか、と考えてしまうだけに、もっと知りたいと思うのはやまやまですが、それはやはりこれから私達が自ら作り出して行かなければならない挑戦なのだ、と思います。
ある意味で傍観者であった私が言うのもおこがましいことですが、日本チームはオリンピック.世界選手権とも苦戦を強いられました。苦戦それ自体は残念なことですが、選手やスタッフの注ぎ込んだ努力は大きな尊敬をもって評価されるべきだと思います。そしてわれわれは、今回の苦戦から学んだことを今後に生かす必要があります。
日本ナショナル・チームは何をすべきか。そして日本におけるロウイングはどうあるべきか。毎年われわれはこの厳しい問いを突き付けられながら、知らぬフリをしている、あるいは尻をむけて逃げているのではないでしょうか。
「日漕はイカン」と批判することは簡単です。でもこの意味における「日漕」って実体があるのでしょうか?
「日漕」をかたちづくっているのは私たちー人一人です。日本のロウイングは変わらなければならない。それを実現するのは私達ロウイングに関わるー人一人です。それとも、わが代表チームが強くなる必要なんてまったくない、そして日本におけるロウイングは現状維持がベストだ、という哲学をわれわれは選択すべきなのでしょうか?
●私のコーチクルーが優肋の快挙
この夏、私のコーチしていたビクトリア市ロウイング・クラブ男子シニア・チームの選手たちが、全米選手権の男子重量級フォアで初優勝しました。代表レベルの選手が出場していなかったということを差し引いても、この種目に長年君臨していたペン・アスレチック・クラブ(米国フィラデルフィア)を被っての優勝は快挙といえます。
私がこれまでに国内外で手がけたクルーが大きなしースで優勝を遂げるのははじめてのことで、涙が出るほど嬉しい出来事でした 。彼らは、こののち、カナディアン・へンリー及びカナダ・カップにも勝って、3冠王を達成しました。
この秋から、私は「より広い範囲のコーチング経験を」との NOC指導陣の意向に基づき、ビクトリア大学チームのアシスタント・コーチになりました。多くの代表選手を擁する強豪チームです。選手たちと非常に良好な関係を築くことができた前任のポジションを去るのは、やや心残りでしたが、これもまた挑戦、と頑張っています。ナショナル・チームの活動にも引き続き関わっていますし、NCIでの教育活動ももちろん継続しています。そんなこんなで、2年の研修期間も、もう半分以上が過ぎ去りました。私がこうしてエキサイティングな経験ができるのも、多くの人々の努力があってこそです。この場を借りて御礼を申し上げます。
途切れ途切れになってしまったこのリポートも、忙しさにかまけることなく、来夏までなるべく毎月書きたいと思います。どうかこれからもよろしくお願いします。
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