茨水会長挨拶
今年度を振り返って 延与三知夫
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函館に移ってからはや3年目になりますが、今年も対東北大定期戦・インカレのレースを見ることができず、このところ茨戸や戸田から何となく遠ざかった感じがする位で、まことに申し訳ない次第です。一方、部に接している竹田部長をはじめOB諸兄の日頃のご尽力に感謝しております。 今年度のシーズンは部としての活動はかなり活発で部員も頑張ってくれたようですが、対外的には残念ながらさしたる成果もなく終わったようです。各レースの模様のあらましは茨水会DRYによって知る限り、対東北大戦(茨戸)には連敗したこと、インカレは準決勝落ち、オックスフォード盾レガッタでは順位決定戦で8位、ということのように伺っています。残念ながら北大は今やインカレ等で上位を狙うクルーとは言えないようです。しかしこれらのレースの模様を臨場感をもって知ることはできませんので、特に感想は述べないこととします。 ただ一つ、これらのレースの中でも対東北大定期戦は北大として最も重要なものですし、またその後に続くシーズン内での各レースへの力を占うことのできるものですが、それでの連敗は誠に残念で、この所の連敗は全部で何連敗なのか、はっきり記憶出来ない位です。勝ち癖、負け癖という言葉がありますが、この対校戦で北大にはまさに負け癖がついているように見えます。勝負の世界、特に対校戦のような二者で行う試合はまさに勝つか負けるかであって 「負けたけれどもやや対等の力を持っていた」とか 「良いレースであった」というようなことは勝利を得た先方から云われる言葉であって、全く言い訳になりません。このような一旦負け癖のついたレースでそれをはねのけて勝つには、一旦は大きく優位に立たなければなりませんが、最近の何年かの北大は甘く見てもせいぜいやや並ぶ力を持っていた程度かと思います。これをはっきりした力の差を示せるところまで持っていくことだけが勝利を得る道であって、それが実に緊急の課題です。何よりも相手以上の猛練習をして自分に自信をつけることのみが、この状況を脱する方法でしょう。インカレのレース報告の部員の言葉の中に 「決勝進出クルーがもつ勝利への執念に圧倒される」という言葉がありました。まさにこのような執念を持てるようになるまで頑張って欲しいわけで、部員の更なる努力を祈るや切です。何としてもこの定期戦に勝って下さい。このレースに勝たない限り、その後のレースへの大きな展望は開かれてこないと考えます。 茨水会のOB諸兄が亀山監督をもり立てるべく努力されているようなのは、大変有難いことです。これからも特に若手の諸兄が力を合わせて部をもり立てて行って下さい。また本年は創部五十年ということで、目下『五十年史』の編集に多数のOB諸兄が努力してくれていて、発刊も近いということを伺って感謝しております。半世紀というのは何はともあれ一つの区切り目であって、ここで部史を編纂することによって、ささやかではあれ部の歴史への思いを新たにし、将来への足がかりとしたいものです。 |
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漕艇部長挨拶
世界をめざす総合力と最適運動量を 竹田正直 |
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第40回東北大学対北海道大学漕艇定期戦(1996年7月27日)対校エイトは、連勝の東北大学にあと50センチまでに迫った。東北戦での現役の他の活躍は立派なものであったし、全日本他での女子部の活躍も前年におよばぬとしても立派であった。マネージャーらの献身的実務や監督・コーチ陣の配慮も賞賛に値する。 創立50周年にあたって卒業生他の方々の多額のご厚志の中から、新しいドイツ製エイト(男子)、中国製フォア(女子)を購入していただき、部員一同多大の感謝とそれにこたえるべく努力した結果である。また、今年度も大学からの物心両面の大きな援助があった。しかし、「惜敗」とはいえ負けたことにかわりないことと、期待にこたえるに十分な結果といえないことは部員が一番良く知っていることであろう。また、水への安全、酒への安全、勉学への安全は、つねに反省し不断に心すべきことを一時たりとも忘れてはならない。 1996年アメリカ・アトランタ・オリンピックには、北大漕艇部あるいは卒業生の参加もなかった。オーストラリア・シドニー・オリンピックは目前である。東北大学その他の大学定期戦をひとつひとつ勝ち抜く総合力とともに、つねに世界のトップをめざした総合力をつけてほしい。東北戦の対校エイトは、惜敗したが、あわてずに自分たちの最適ピッチに確信をもって漕ぎ抜くという、かつての優勝時にも似た漕ぎ方がみられたし、これは、酸素摂取と最適運動量の関係を科学的に解明し1996年11月の大学駅伝を制覇した神奈川大学のレース展開にも似ている。可能性がでてきている。 茨水会の皆さんには、これまでにもまして多面的なご支援と、可能であれば、艇庫においでくださっての激励、手紙やファックスでの部員への励ましをお願いしたい。 |
漕艇部監督挨拶
監督 亀山聖二
茨水会会員諸氏の皆様方には、96シーズンの活動が別項に記載のとおりであったことを報告いたします。
チームを代表する対校エイトの活動では、対東北大戦においてのレースが特筆すべき事として挙げられると思います。
結果はわずかな差での敗戦でした。この結果の背景には、次の2つが目立った要因として考えられます。ひとつはクルーの集中力、ひとつは笠井コーチの指導の成果があがったこと。最終的にはこの2つが相乗効果をもたらし、クルーのメンバー一人一人が自信をもってレースに望んで行ったことだと考えます。クルーはよく練習しました。ボートだけをやって生活していられる人間ではないため、様々な制約があり、その中でしか練習できないのが実態です。よって、そこをカバーするのが練習内容の工夫と、集中力です。それを持続し得た、という意味においてクルーはよく練習しました。笠井コーチは、93年は新人トレーナー、94年は第三クルーコーチ、95年に第二エイトコーチ、96対校エイトコーチと経験を積んでいます。さらに、持ち前の研究熱心さをもってコーチング活動を行っています。この成果が、もっている実力を出すことができたクルーの形成につながっている、と私は分析しています。
しかしながらレースの最終局面では東北大に実力差を見せつけられました。北大としてはあの状態でさらにレートを上げ、1本でも多く手数を出す、ということができるクルーにしなければ、今後もこの程度のレースしかできないことになると考えています。
秋の新人戦においては、対校エイトは5―8位決定戦にまわり、5位という成績を残しました。このエイトクルーは、メンバー全てが2年生です。2年生は夏までの間に、対校・第二エイトでよく漕ぎ込んでいた結果がここに出たと考えます。さして違いのない大学生同士ですから、この順位決定戦のように東北大に勝つことも可能なわけです。2年生は冬場のトレーニングにおいてさらなる体力の増加が必要です。それを怠ればせっかくのこの結果を生かせず、来年の北大の結果が悲惨なものとなることが予想されます。
部の運営という面では、オンシーズンに入ってからは早稲田を中心に動き、問題はありませんでした。しかし、昨秋から今年の春にかけてはまとまりがありませんでした。主務の仕事を放棄した松浦個人と、その程度のスタッフ構成しか作れなかった最上級生には問題があったと思います。
私個人としては監督として初めてのシーズンを過ごしました。部内の全てに目を配ることは不可能ではあるとわかってはいても、そうできないことに歯がゆさを感じることがありました。が、村上前監督をはじめとする茨水会会員の諸先輩のみなさまや、東先生、斉藤会長などの協会の関係者のかたがたの励ましの言葉で救われることがありました。そして何よりも部員の真剣な態度を見ることによって、わたしの活動が支えられてきました。97年は、さらに今までよりも良い部となるよう活動したいと思っております。
97シーズンをみると、対校エイトは4年生以上が1ないし2名、2年生が1ないし2名、あとは3年生という漕手構成、COXは3年生となる可能性が大であります。対東北大戦は敵地でのレースとなります。事前の合宿なども行えないかと考えております。大学選手権、全日本選手権ではまず決勝に出ることが最大の課題となることはここ数年と変わらないでしょう。運営では、主務石原の他に数名が副務として存在しています。ただ、人数がいるだけにならないよう心がけていきたいと思います。
茨水会へのお願いとしては、引き続きの資金面での援助があります。さらに97シーズンでは、造艇基金を用いての新艇建造を頭に描いています。また、東先生からは、宮田さんが9月までおられた稚内での対校戦(対小樽商大定期戦、エイト)開催を強く求められております。稚内漕艇協会との協議もまだ行われておりませんが、実施となれば何らかの援助をお願いしたいと思います。
最後に、会員の皆様にお知らせがあります。
現在使用不可能な艇を廃艇にする計画でおります。リストは次のとおりです。
〈エイト〉 神威、風不死、風烈布、風蓮
〈ナックルフォア〉 辛夷
以上北海道大学所有。これについては、97年春にも学生部で処分する方針。
〈エイト〉 寿、花畔
以上北大漕艇部所有。歴史のある艇ではありますが、処分する方向で検討しています。
この件に関しては、監督の責任において行っております。艇を使用された方には様々な思い出もあろうかとは思いますが、処分にご理解いただきたいと思います。なお、特に異議が無い場合にはこのまま手続きを進めます。一部保存などの意見等がありましたら1997年1月末日を期限として亀山までご連絡いただきたいと思います。