『百里、九十九里・・・・』

 

茨水会会長 延与三知夫

 私は札幌から離れたところに住んでいることもあって、例年、シーズン中の部の活躍状況を知ることはやや難しい。しかし今年は全日本レガッタなどの各レースの結果を E-mail によって詳細に知ることが出来た。これらを通じて部員諸君が強い意志をもって頑張ってくれているようであるのを知ることができ、部の飛躍に期待を持てそうで嬉しく思っている次第である。

 ところで、最近、いやもっと以前からの北大の様子を振り返ってみて感ずるのは、いつももう一歩足りない≠ニいう思いである。そこで表題に短く書いたように『百里の道を行く者は九十九里をもって半ばとせよ』という諺のことを言いたいのである。これは誰の言葉だったかは忘れたし、またその意味するところは自明で説明を要しないが、実感としてそれを知り、更にそれを実行することはそう簡単ではない。誰でも永い苦しい訓練・努力の期間を経て、ややその目標に近づいたと思うと、そこで気を緩め、あるいは休みたくなるものである。ところがそれでは、同様に熱心にやっている他の大学クルーと同じレベルであって、それとの競争でその上に立つことは到底出来ない。勝負に勝つには勝負に貪欲でなければならず、貪欲であるためにはあと一歩のところで緩んではならないのである。

 私がこのことを実感として学んだのは、私の学生時代、初代部長で当時のコーチでもあった堀内先生からである。堀内先生が自らコーチをして居られたとき、そのコーチ振りに身近に接する機会があったのであるが、そのとき先生の考え方の中にはいささかの緩みも許そうとしない態度が貫かれていることを感じて、強い感銘を受けたものである。あらゆる可能性を考え、たとえ極く僅かでも艇を早く進めることにつながると考えられる限り、それを疎かにすることは許されなかった。私はそばで見ていて、もうかなりやったし、この辺で良いのではないかと思うことがしばしばであったが、それを決して許さず、最後まで追求することを求められた。それこそが当時の北大ボート部の強さの根底にあったのである。

 凡人の常として、我々はともすれば自分の判断でかなりの所まで到達したと思うようになると、それをもって良しとしたい心情に駆られる。然しその結果としての僅かの力の足りなさによって本番の勝負で敗者となる可能性が高い。いやむしろそれが通例なのである。それを後でほんの僅かだったのに≠ニ悔やんでも遅い。従ってすべてはそのレベルを如何にして乗り越えるか、即ち『あとに残された一里』をどれだけの情熱をもって成し遂げるかにかかっていると思うのである。これはレースにあっても同じで、だからこそrow outという言葉があるのであろう。

 よくレースの後で惜敗≠ニいう言葉を聞く。これは負けたクルーを力落ちさせないために、あるいはクルーを慰める気持ちで周囲のものが言う言葉であって、クルー自身が口にすべき言葉ではない。むしろ惜敗≠サのものが惨敗≠ネのである。大きく負けたならそれは単なる負けであって、勝負にならなかっただけなのである。そういえば堀内先生はこの惜敗≠ニいう言葉を嫌って居られた。全日本レガッタなどで二位・三位などになったとき、先生は惜しかった≠ニいう言葉は全く使われなかった。むしろボートに準優勝などということは無い≠ニ言って私共をたしなめて居られた。

 対東北大定期戦での連敗からの脱出は、彼等より少し上の実力を持った≠ニ感ずるレベルでは何年たっても実現しない。連敗から脱するには、彼等に比べ明白に勝る実力を持たなければならないのである。いま北大は亀山監督のもと、大きく飛躍すべく全力をあげているところであろうが、その中にあって、『もう一歩のところで緩む危険性』への自戒を持ち、勝負に貪欲に取組んでくれることを期待したい。

 

 

 

部長挨拶

 

北海道大学漕艇部部長 竹田正直

 1997(平成9)年度のシーズンは、部員やコーチ、監督の努力で目標のいくつかを達成するのではないか、との期待を抱かせてくれたが、実現はできませんでした。各大学・各クルーとも、夫々目標を持って必死の努力をするのであり、抜群の努力と抜群の力をつけぬ限り我々の目標は実現できない。

 その中にあって、河田主将の全日本選抜と全日本軽量級四位は特筆に価します。一位トヨタ、二位NTT、三位中部電力に次ぐもので、五位慶応大学、六位東北大学と、大学勢の中ではトップに立ちました。

 北海道大学学務部(旧学生部)と経理部もこれを評価し、かねて要望していたエイト新艇(ドイツ、エンパッハ製)とペアの購入を進めてくれています。何とか平成九年度内予算で実現し、新年度の練習に間に合わせたいと思います。これが実現すると、茨水会の支援で購入できた艇と合せて、エンパッハ製エイトで、茨戸でも戸田でも、移動の苦労なく漕げるようになります。茨水会の皆様には、日頃のご支援について、改めて感謝の意を表したいと思います。

 世界的コーチライセンスを有する杉藤コーチが、19981月から北大漕艇部のコーチングスタッフに加わることも画期的なことです。これについての今後の茨水会の格段のご支援を切望するとともに、新年の皆様の御多幸、御健勝を心から祈念致します。とくに、北海道拓殖銀行の移譲や山一證券の廃業など日本経済の大きな変化にあって御苦労、御心労の方も多いことと拝察し、皆様の御健勝を何よりも祈念致します。

 

 

 

監督挨拶

 

北海道大学漕艇部監督 亀山聖二

 会員諸氏の皆様にはますますご清祥のことと御慶び申し上げます。

 この会報に監督として文章を載せるのも3回目となりました。

 シーズンとしては2回目の今年(97シーズン)の成績については別項に詳しいので省きますが、インカレでは準決勝までで、目標としていた決勝の壁を突破することができませんでした。

 しかし、現役選手と、笠井氏(平成1年入学)を長とするコーチ陣の実践してきたこと、目指している方向には間違いはないということができます。だが、あと一歩の「勝とうという貪欲さと必死さ」を持つことが、まず何より必要なことであろうと私は考えます。

 少なくとも2年生以上のすべての部員(漕手・マネージャー共に)がこの気持ちを持ち、目標の一点に集中することが必要でしょう。

この度、主として会員の中山坦士氏と茨水会事務局長の鈴木氏の御尽力のおかげで、杉藤氏(昭和六十三年入学)を専任のコーチとして雇用することが決定しましたが、選手諸君には前記のような心構えで彼を迎え、待つことを望むと共に、私もそのように指導していくつもりです。

さて、その杉藤氏のコーチ招聘の件について意見を述べたいと思います。

 まず、第一には、彼に部の指導を任せた以上、基本的には彼の思う通りにやらせることです。彼の指導方法・練習メニュー・漕ぎ方の表現などはもしかしたら今までとまったく異なったものになるかもしれませんし、おそらくそうなる場面があると思います。

 しかし、彼の任務は北大対抗クルーを全国レベルの競漕大会で優勝させることです。その方法について会員に報告する義務はありますが、それに対して制約をつけるようなことはしないで頂きたいと思います。

 私は、監督として、漕艇界の状況や、部内・学内の状況をみて、彼に対して総合的に指示・意見を出します。茨水会としては、彼の働きを評価する委員会が彼の活動をきちんと評価する唯一の機関となるべきであり、その委員会のみが彼に対しての指導や、活動に制限・意見・指示を出すべきでありましょう。

 彼は単にオールの動かし方や、体力増強のメニューを出すだけではなく、選手のハートそのものを動かす指導者として活動することを表明しています。私は、彼との数度の会見から得た感想から、彼のそのやり方を指示します。

 第二に、結果が出ることをあせってはいけないと思います。

 少なくとも彼自身に必要な時間を示させ、その期間は辛抱強く待つことです。金銭的には多大ではありますが、投資と考える必要があると思います。このように人材というソフトに対して、大学のOB会が投資するということは、漕艇界では初めてのことであり、日漕のみならず、全国が注目している事です。優勝という結果が残せるにしても残せないにしても、彼に対してはきちんと礼を尽くすことが必要でしょう。北大が全国の笑いものにならないために。

 杉藤氏が茨戸で北大を指導することによって、確実に成果が出ることを私は確信しています。現役時代の彼は、要求だけを出す選手でしたが、今の彼はその時代の反省をふまえ、問題解決のための行動ができる人間に成長しています。

 彼を暖かく迎え、北大ボート部を託して頂きたいと思います。